がんばっているのに、
なぜか評価されない日があります。
自分ではちゃんとやっているつもりなのに、
誰にも気づかれない。
ミスを減らそうとしているのに、
そこは見てもらえない。
前より少し成長したはずなのに、
その変化は言葉にされない。
そういう日は、
心の中が少し重たくなります。
「自分のがんばりは意味があるのだろうか」
そんなふうに思ってしまうこともあります。
仕事の評価というものは、
いつも正しく返ってくるとは限りません。
見えやすい成果は評価されやすい。
数字になること、
目立つこと、
誰かの目に入りやすいこと。
そういうものは、
比較的わかりやすく評価されます。
でも、仕事には、
目立たないがんばりもたくさんあります。
誰かが困らないように先回りすること。
同じミスを繰り返さないように気をつけること。
空気を悪くしないように言葉を選ぶこと。
小さな確認を積み重ねること。
そういう仕事は、
うまくいっている時ほど見えにくいのかもしれません。
何も問題が起きなかった日には、
何もしていないように見えることがあります。
でも本当は、
問題が起きないように動いていた人がいる。
その静かな努力が、
誰にも気づかれないまま終わることもあります。
それは、少し悔しいことです。
がんばった分だけ、
ちゃんと見てほしいと思うのは自然なことです。
褒められたいというより、
認めてほしい。
自分の存在や努力が、
何もなかったことにされるのがつらい。
そう感じる日があっても、
おかしくないと思います。
ただ、評価されない日があるからといって、
自分のがんばりまで消えるわけではありません。
今日やったことは、
今日の中にちゃんと残っています。
昨日より少し丁寧にできたこと。
前なら投げ出していたことを、
最後までやったこと。
気持ちが沈んでいても、
仕事場に行ったこと。
それは、他人から見えにくくても、
自分の中では確かに積み重なっています。
もちろん、ずっと評価されない場所で、
無理をし続ける必要はないと思います。
がんばりを見ない場所もあります。
都合よく使うだけで、
人を大事にしない場所もあります。
そういう場所に長くいると、
自分の価値まで低く感じてしまうことがあります。
だから、評価されないことを、
すべて自分のせいにしなくていい。
自分が足りないからだと、
決めつけなくていい。
ただ今日は、
がんばったのに報われなかった。
そういう日だった。
それくらいの言い方で、
自分を責めすぎない方がいいのかもしれません。
仕事をしていると、
評価される日もあれば、
評価されない日もあります。
でも、評価されなかった日にも、
自分が投げ出さなかった事実は残ります。
誰かに見てもらえなかったとしても、
自分だけは、今日の自分を見捨てない。
がんばっているのに評価されない日は、
静かに疲れる日です。
けれど、その日を越えた自分には、
少しだけ強さが残っているのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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