仕事ができる人は、いつも余裕があるように見える。
頼まれたことを早く終わらせて、
周りの状況にも気づいて、
誰かが困っていれば、さりげなく手を貸す。
だからまわりからは、
「あの人なら大丈夫」
「任せておけば安心」
そう思われやすい。
でも、本当に大丈夫なのかどうかは、
外から見ただけではわからない。
仕事ができる人ほど、
自分の疲れを表に出すのがうまくないことがある。
疲れていても、顔に出さない。
しんどくても、言葉にしない。
少し無理をしていても、
「まだできる」と思ってしまう。
それは責任感があるからかもしれない。
人に迷惑をかけたくないからかもしれない。
自分が止まると、まわりが困ると知っているからかもしれない。
でも、静かな疲れは、
少しずつ心の奥に積もっていく。
大きな声で叫ぶ疲れではない。
泣き出すような疲れでもない。
ただ、朝起きたときに少し体が重い。
人の言葉がいつもより刺さる。
帰り道、何も考えたくなくなる。
休みの日なのに、心が休まらない。
そんな小さな変化として現れる。
仕事ができる人は、
できてしまうからこそ、抱えすぎる。
人より早く気づけるから、
気づかないふりができない。
人より先を読めるから、
余計な心配まで背負ってしまう。
人より器用にこなせるから、
気づけば仕事が集まってくる。
そして、まわりはそれを
「この人ならできる」と受け取ってしまう。
でも、できることと、
疲れないことは同じではない。
強く見える人にも、限界はある。
落ち着いて見える人にも、心の揺れはある。
黙っている人ほど、
本当は多くのことを飲み込んでいるのかもしれない。
だからこそ、
仕事ができる人ほど、
自分で自分を少し守る時間が必要なのだと思う。
全部に応えなくてもいい。
全部を完璧にしなくてもいい。
いつも頼られる側でいなくてもいい。
「少し疲れています」
そう言えることも、ひとつの強さだと思う。
仕事は大切だけれど、
自分がすり減ってしまうほど、
抱え続けるものではない。
静かに疲れている人ほど、
静かに休むことを許されてほしい。
何もしていない時間も、
ぼんやりする時間も、
誰かの期待から少し離れる時間も、
決して無駄ではない。
仕事ができる人は、
もっと頑張らなければいけない人ではなく、
もう十分に頑張ってきた人なのかもしれない。
だからたまには、
静かに席を立つように、
自分のための時間へ戻ってもいい。
誰にも気づかれない疲れを、
自分だけは見落とさないようにしたい。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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